アラサー実家暮らし女です。

正確に言うと、実家暮らしであることをわざわざ誰かに言う機会がありません。

友達と遊ぶわけでもないし、近況報告をする場も特にない。

だから「へー実家暮らしなんだ」と誰かに評価されることもないです。


洗濯機も冷蔵庫もテレビもウォシュレットもあります。
トイレットペーパーは、気づくと補充されています。

ありがたいですね。

でもこれはもう『実家暮らしあるある』すぎて、
困っていないという感覚すらありません。


「親と毎日顔を合わせるの、キツくない?」
という話をたまに聞きますが、一切キツくないです。

うちの家族は少し特殊で仲が良いため、週末に全員で買い物や外食に出かけるのも当たり前です。

キツいという考えがないです。


一番困っていないのは、
「居場所が最初から用意されていること」です。

会話をしなくても同じ空間にいなくても生活は続いている。

この状態が私にとって当たり前の日常です。


困っていない、というのは危険です。

不満があれば家を出ようと思えますが、困っていないと一人暮らしをする理由もメリットもありません。

出なくてもいい。でも、ずっとこのままでいいのだろうか。
出るにしても今じゃない気がする。(じゃあいつ家を出るんだ……。)


念のため勘違いしてほしくないのは、実家暮らしが悪いとは微塵も思っていないことです。

正直に言うと 「産んだのは親だしな」という開き直りすらあります。 家族全員働いているので、金銭的にも困っていません。

それでも、この「困らなさ」が、ふと胸に引っかかるのです。 出る理由がない。けれど、ずっと居続ける理由もない。 この中途半端な状態が、今の自分にはしっくりきています。


実家暮らしで一番困っていないことは、
「困らずに過ごせてしまう状態」そのものでした。

今は時間がある分、こうして立ち止まって考える余裕もありますが、それが良いことなのかどうかは、はっきりとは分かりません。